飼育員を辞める時に思った選択肢の話。

私は、飼育員を辞めた。

幼い頃からずっと就きたいと思っていた仕事だっただけに、「辞める」という決断をするまでに随分悩み苦しんだし、実際に「もう辞めよう」と思ってから行動に移すまでも、心の準備にかなり長い時間を要した。

この職業に就くためだけに専門学校へ通ったし、留学にも行った。
報われるまでの期間が長かった分、今までの苦労を全て無駄にするような事はあってはならないと、様々な葛藤に苦しみながらこの先の人生の事をよく考えた数年間だった。

しかし、私には、飼育員を続けるという選択肢があった。
辞めるという選択肢も、新しい仕事を始めるという選択肢もあった。

どこで、何をどのようにして生きていきたいか、誰と共に生きていきたいか、自分で決める事が出来る。

しかし、動物たちにはそれが出来ない。
どこで暮らすかなんて選ぶ事は出来ないし、誰と一緒に生きるのかさえ人間の都合次第で決められてしまう。
そこでの暮らしが幸せだろうとそうでなかろうと、死ぬまで一生、動物園や水族館の中で暮らしていく事しか出来ない。

それだけに、あんなに小さい頃から「動物が好きだ」と言ったり、目指すと決めた時も「好きな仕事が出来るなら、お給料なんか低くても良い」と何の違和感もなく素直にそう思っていた上、
働いてしばらくしてからも「過酷な仕事だけど年取っても体力の続く限りは…」とか、「せめてこの担当個体の命が尽きるまでは…」とか、「ずっとこの飼育員という仕事を続けたい」なーんて割と本気で思ってたくせに、
結局一番大切だったのは自分の心や身体の健康だったり、家族だったり、この先何十年も続いていく生活の事だったりで、何て身勝手な…と動物たちに申し訳なく、自分を責めたりもした。

飼育されている動物たちにとっての幸せってなんだろう。
生活するスペースが広い事なのか、ご飯をいっぱい食べられる事なのか、はたまた異性に囲まれて暮らし子孫をのこす事なのか、行動の選択肢が多い事なのか。

動物が「幸せだ」なんて言って教えてくれるわけじゃないんだし、
「幸せそうに見える」というのも、勝手に人間が思いたいだけで実際にそうかなんてわからない。

「動物たちのために最善を尽くす」
というのも聞こえは良いが、実際に行動が伴っていなければただの人間の自己満足になってしまう。

いつも、動物の事を考えて仕事している飼育員は、きっと何度も何度も
「自分は最善を尽くせているのだろうか」
と自問自答し、苦しんでいたりするのだと思う。

動物たちを人間の都合で飼育している限り、そしてその一番近くで彼らの命、生活を握っている限り、その罪悪感のようなものからは抜け出せないのだと思う。

それでも、信念を持って働き続ける飼育員たちが真っ当に「飼育技術者」として評価され、
自らの生活に不安を感じる事なく仕事に集中出来る環境の中で働ける未来がくるよう、業界全体が良い方向へ変わっていくことを願う。

私ひとりでは、なにもできない。

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4 件のコメント

  • 私も職場内のくだらない嫌がらせで幼い頃から念願の動物園飼育員を退職しました。
    とても心に刺さりました。
    また私に出来ることを精一杯やっていきたいと思います、、、。

  • 記事、拝読しました。まだ、現役ではありますがとても心に刺さる内容でした。きっと、全国の多くの飼育員が考えさせられる内容だと思います。こうして誰かが声を上げてくださることが嬉しく、また心強く思います。
    こういった時に、実名を残すことが憚られる業界であること自体、とても悲しい事だとは思いますが、しがない飼育員である以上、迂闊なこともできませんので、お許しください。
    明日からもがんばります。ありがとうございます。

  • 私も同じような思い就職し、同じような思いで辞めました。
    就職活動中、就業中、辞める前、辞めた時、辞めた後、本当に辛かったです。
    共に同じ目標に向かって就職できた人たちも、たくさん辞めていきました。

    当時、自分の弱さと力の無さに、本当に落胆しました。
    立ち直るまでに、何年もかかりました。
    でも生き物たちに申し訳ないという気持ちは、今でもあります。

    今の自分に何ができるのか、模索中です。

    共感できる記事でした。

  • 自分も同じく10数年水族館業界に身を置いていましたが、今年ついに離れました。
    家族のことや先々の収入などを考えてのことでしたが…

    何がベストなのかは誰にも決められないし、分からないことですが、生き物と関わることは飼育職以外でも可能なはずです。
    生き物の為という言葉は一歩間違えれば自己満足になってしまうことは飼育員の誰もが経験することなのではないでしょうか。

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